画像で紹介バングラデシュvol.3

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    19.屋根にも乗れます
    屋根にも乗れます
    南アジアでは他の国でもよく見られますが、バスや鉄道の屋根にも乗れます。バングラデシュでは一応これは法律で禁止されていて、たまに警察に捕まっているバスも見かけますが、それでもしょっちゅう見かけます。本来大きな荷物などを乗せるようになっています。バングラデシュのローカルバスではシートの数分だけの乗客を乗せて、立って乗車することも一応禁止されています。一応ね。

    20.女性専用シート
    女性専用シート
    またまたバスです。これは車内の写真で窓の上に「モヒラ」と書かれています。女性専用シートです。欧米の国々がジェンダー観を押し付けてイスラム教を批判しますが、ここではむしろ女性は保護されるべき存在として当たり前の様に女性専用シートがあります。もしこの席がいっぱいでも、他の席に男性が座っていたらすかさず誰でも女性に席を譲ります。格好良いですね。

    21.ボートで移動
    船で移動
    農村部にはまだ橋が十分に渡っていないところなどはこうしてボートで川を渡ります。みんな立っているし自転車や大きな荷物も乗せちゃっていて、今にも転覆寸前に見えますが日常風景です。料金も安いし、重要な交通システムです。

    22.リキシャ運転手の小便と座りション
    座りション
    バングラデシュで最もポピュラーな乗り物、それがリキシャです。運転手達はとてつもない力仕事ですが一生懸命文句も言わずせっせとペダルを漕ぎます。お客さんが乗っている時でもごく稀に席を外すことがありますが、ほとんどの場合、こうしてお客さんを乗せる合間に用を足します。バングラデシュでは立ちションベンは行儀が悪く、イスラム教でも教えられている通り座って小便をするのがマナーです。

    23.アリの大群
    アリの大発生
    チャーを飲んだ後のカップです。茶でもチャイでもなくバングラではチャーです。砂糖を多めに入れるので飲んだ後のカップを放置しておくとこのとおり!アリもパワフルです。

    24.広大な大自然
    広大な大自然
    アジアで初めてのノーベル文学賞を受賞したバングラデシュのタゴールや、彼に影響を与えたラロンの詩などは、本当に壮大さや心への響き方のスケールが諸外国や日本のそれとは比べ物にならないほど素晴らしいです。その本当の素晴らしさを理解するには、このベンガル地方の豊かな土と緑を知らなければ理解できないと思います。

    25.特産品ジュート
    特産品:ジュート
    バングラデシュの特産品のジュートを加工しているところです。手で伐採し、手で加工していきます。加工している時はものすごい香りがしますが、丈夫で使い勝手が良くバッグや財布など、様々な使い道がありますよ!

    26.カメムシ
    カメムシ
    カメムシ。危険です。日本でもカメムシは酸性のおしっこを出すので、それに触れるとヒリヒリして痛むので危険ですが、あんなに小さいし、それより臭さで有名ですね。でも何でもパワフルなバングラデシュのカメムシは一味も二味も違います。臭さはほとんど同じですが、身体がでかいのでおしっこをかけられると大変です。これは僕の腕で、寝ている時にどうやらやられたようで皮膚がただれました。これでも発症してから3日ほどたっています。田舎のおばあさんにこのことを話したら、いきなり噛みタバコの葉っぱを真っ黒の歯で噛みくだいて、それを口からペッと出して、僕の幹部に塗ってくれました。うげっと思ったけど、なんと翌日にはほとんど治ってしまうほど効果絶大でした。年寄りの知恵は本当にすごいですね。

    27.建築現場のバケツリレー
    建築現場
    建築現場では土の運搬などの作業も全て手作業です。土を運び出すために、あるいはレンガを運んだりするのもバケツリレーのようにして数名で運搬します。ところがその交代場所が不公平に設定されているのがほとんどで、ある人は長めだったり階段を挟んだりしています。当然その人は余分に時間がかかってしまうのですが、短めの人は長めの人のフォローをするわけではなく、あくまで自分の範囲だけを運ぶので毎回先についてそこでぼーっと待っている、という何とも不効率な働きです。まるでアメリカのいたずらアニメを見ているようで、ずっと眺めていても飽きません。

    画像で紹介バングラデシュvol.2

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      11.雨が降れば洪水
      洪水のリキシャ
      「あったりめーだろー。雨が降りゃ海ができるさ」と千と千尋の神隠しでリンが言ってましたがバングラデシュでは雨が降れば洪水になるところがあちこちにあります。とはいえ人々も慣れているのでちゃんと生活できますが。洪水が色んな養分を運んでくれるため、土は豊かで色んな生物がたくさん生きられます。これぞ人口密度世界一でも皆が食べていける秘訣です。

      12.新聞
      新聞に載りました
      ベンガル語の新聞です。ハングルのように母音と子音の組み合わせなので簡単なものならすぐに読めるようになります。ちなみにこの記事はエクマットラにクリケットの代表チームの選手らが訪問してくれた時の記事で、実は僕の名前も記事の中で紹介されています。

      13.少数民族
      少数民族ガロの家
      左端が僕、右端がエクマットラの渡辺大樹です。後はみんなガロという少数民族。顔が同じなのでわからないでしょ?独自の文化をもった少数民族がバングラデシュにもたくさんいます。日本もアイヌ民族や沖縄民族がいますね。

      14.バスも遊び場
      バスにて
      路上に駐車されたバスの中で近所の子供たちと遊びました。怒る人はいません。よその家でもどこでも遊べます。ピリピリした人はいません。みんな寛大です。

      15.鉄道の車内
      電車の車内
      鉄道はあまり発達していないので通勤に使うというよりはむしろ遠い地域への移動手段という感じです。シートに座れなくてもみんなで譲り合い、詰めて座ったり手すりに腰かけたりして移動します。写真では疲れて皆寝ていますが、ちょっと前までは知らない人同士のおしゃべりで騒がしいこと騒がしいこと。でも退屈しないし決して日本の電車のように窮屈に感じません。スペースのことではなく。

      16.南アジア
      ワールドカップ南アジア
      クリケットが盛んなバングラデシュ。日本ではあまり馴染みがありませんが、競技人口ではクリケットは野球よりも多いらしいです。そんなクリケットのワールドカップがバングラデシュで開催された際、南アジアの各国のリーダーが国旗と共に掲揚されました。我らがバングラデシュのシェイク・ハシナも格好良いですが、ブータンの国王もすごくいかしてます。他にもインド、ネパール、パキスタン、スリランカなど。

      17.クルバニイード
      クルバニイード
      イスラム教が国教のバングラデシュではお盆・正月のようにラマダン(断食月)明けのイードと、このクルバニイードが最大のお祭りです。クルバニイードでは家の庭や道で牛を解体し、その肉を色んな人達と分けあって食べます。貧しい人々も牛肉にありつける数少ない機会で楽しみにしています!おかげで街中が血だらけになりますが、みんな食欲が湧きます。

      18.子供たちによる僕のお別れ会
      子ども達からの送別会
      僕の14ヶ月の活動の終わりに子ども達がお別れ会を開催してくれました。手形と名前を書いたTシャツをプレゼントしてくれ、オリジナルの人形劇や歌やダンスを披露してくれました。一人ひとりにここでは語り尽くせないたくさんの思い出があります。早くみんなに会いたい!

      画像で紹介バングラデシュvol.1

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        先日ようやくバングラデシュでの活動の振り返りのための写真集を完成させました。その中から一部を用いてバングラデシュについて画像を使いながら紹介します!

        1.これぞバングラデシュの活気!
        活気
        首都ダカのミルプール地区です。休日や祭日というわけではなく、日常的にこんなに多くの人が行き交います。貧困でも人口過密問題でもなく、これぞヒューマンパワー!

        2.建築現場
        建築現場
        ごく日常的な建築現場です。竹で床を支えながら人の手で建築します。かつてのイギリス植民地の地域ではこの建築方法が一般的で、他にもバングラデシュにはイギリス植民地時代の名残が交差点システムなどにも見られます。

        3.田舎のキッチン
        村のキッチン
        バングラデシュの農村部の一般的な調理場です。みんな薪を燃やす煙で涙を流しながら調理します。やっぱりガス調理より美味しいです。竹を編んだ壁なので風がよく抜けるので大丈夫です。座ったまま包丁も鍋も使えるので機能的なシステムキッチンですよ。

        4.美味しいカレー
        美味しいカレー
        もともとはインドなのでやはりカレーばかりですが…それでも全部味が違います!ニガウリのカレー、かぼちゃのカレー、鶏肉カレーなどにサラダのような料理もぜーんぶ美味しいです♪

        5.インドとの国境
        インドとの国境
        バングラデシュ北部のマイメンシン県ハルアガット郡のインド・メガラヤとの国境です。え?どこって?木の向こうの田んぼの真ん中で色が変わっているところが国境です。国境警備隊が巡回していますが、ここの国境はお互いに仲が良いので警備隊同士で話したりしています。牛は勝手に行き来しています。島国育ちの日本人にとって国境とは不思議なもんですね。

        6.何でも無駄にしない
        糞の肥料
        リサイクル率99%のバングラデシュ。日本よりエコは進んでます。この糞もちゃんと肥料にして循環しています。雑草はヤギが食べます。害虫はニワトリが食べます。実によくできた社会です。

        7.大渋滞
        グルシャン
        都会はどの国にいっても都会です。ここの渋滞は絶望的な渋滞です。オイル、時間、人の気力といったありとあらゆるエネルギーを奪い取る渋滞です。インフラに対して車が急激に増えすぎた結果です。ちなみにほとんど全てトヨタの車です。

        8.僕の生徒の職場
        生徒たちの仕事
        青空教室の生徒達です。超超可愛いでしょ?青空教室で僕は歌も教えましたが、彼らはここで歌や踊りのパフォーマンスで稼ぐプロです。人だかりが彼らの実力を物語っています。

        9.空き地で釣りができます
        空き地で釣りできます
        雨季には空き地が水たまりになります。バングラデシュのありとあらゆる生物は皆パワフルで、ドブでも魚が生存しています。もちろんこの空き地の水たまりにも色んな種類の美味しい魚がいるので家の隣で釣りが楽しめます。これも僕の生徒たち。

        10.みんな仲良し
        コックスバザール
        世界一長いビーチとしてギネスブックにも載っているコックスバザールのビーチです。こんな美しい浜辺を二人で手を繋いで歩くなんて何ともロマンちっくです。…ってあれ?男同士です。バングラデシュでは仲良しの友達同士でも手を繋いで歩きます。手をつなぐだけじゃなく、肩を組んだり膝枕したりみんな仲良しです。

        20.日本代表

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           僕が初めて顔になったのは高校生の時にしたスーパーマーケットでのアルバイトだった。レジの担当で当時はまだ痩せていたし可愛らしかったので常連のおばちゃん連中には人気があって、わざわざ僕のレジに並んでくれる人たちがいっぱいいた。
           上司から教えられたことは「君はただのアルバイト店員と思っているかもしれんけど、お客さんからしたらうちのスーパーの顔。みんなが愛想よくしてても一人がちゃんとしてへんだけでお客さんは二度と来てくれへん」ということ。その通りだと思う。

          その後いろんな顔になってきたわけだが、最近では日本の顔になっている。

           それはバングラデシュに行った時のこと。バングラデシュにはまだ外国人がほとんどいないし、ましてや日本人にお目にかかれることなど人生で一度あるか無いか、という世界。そんなわけで街中どこにいても数十人の人たちに取り囲まれる。まるで芸能人のような扱い。みんなきちんと話せない英語をなんとか頑張って僕に話しかけてくる。人口密度世界一の国だから、どこにいっても人がいて、そんな人々から見つめられ、話しかけられ、同じ質問を何度も何度もされる。「バングラデシュをどう思う?」「日本はどんなものを食べるのか?」「どうしてそんな変な髪型をしているの?」などなど。
           そうこうしているうちに、だんだんとこちらも飽き飽きしてきて話すのが嫌になってくる。バングラデシュに長期滞在する人なら誰もが体験すること。さて、そんな時どう振る舞うべきだろう。

           タイに初めて行った時、ゼミのチームでタイ観光をしたので、僕が個人的にしたい現地人との交流よりもむしろ皆が好んだ観光地を回る、という旅をした。アユタヤ遺跡や水上マーケット、ニューハーフショー…どこもタイ人よりも外国人の方が多いんじゃないかと思うほど外国人が多い。そしてそこにいるタイ人はみんな商売人である。
           水上マーケットで船に乗る時、一人6000円だと言われた。あまりに高いので皆で帰ることにして回れ右をした瞬間、案内の人が慌てて怒ったように300円でいいよ!と言った。その後も怒ったように接客された。
           アユタヤの川沿いの綺麗なレストランで昼食をとるとき、はじめに新人バイトの女の子が現地語のメニューを持ってきてくれた。しばらくそれを見ていると店主が慌ててやってきてそのメニューを奪い取り、英語のメニュー表を手渡した。そこには先程までの値段が嘘のような価格で、そのことを言ったら店主は鬼の形相になった。

           そうして日本に帰国して、みんなが言ったタイの感想は「タイはぼったくりばかりで愛想の良くないダメな国。あんな国には二度と行きたくない。」というものだった。
           ところがその後、またタイに個人で行った時にはそれは違った。観光地ではなく、一般のタイ人とたくさん交流できる機会を作って知っていった本当のタイは、みんな可愛らしくて人懐っこくて笑顔の素敵な国だった。タイも大好きになった。

           ネパールでも多くの日本人に出会ったが、多くの人が「カトマンズに着いてすぐにタクシー運転手が客の取り合いをするし、その全てがぼったくり価格だからこの国の第一印象は最悪だった」と言っていたが、本当のネパール人は日本人が大好きだし、人懐っこい人たちが多い。

           さて、皆さんは日本の顔をしっかり果たせているだろうか。どんな国に行った時でも自分は日本代表であることを自覚すべきだし、日本国内にいる外国人に対しての振る舞いが日本の今後を左右すると言っても過言ではない。

           この前の大阪、阿倍野で起こったネパール人暴行殺人事件を知った時、このことが頭をよぎった。

          19.ソーシャルビジネス

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            とある巨大ショッピングモールに関するはなし

            和歌山のあるところに、活気のある商店街を中心とした住みよい街がありました。
            商店街には毎日子供からお年寄りまで集まり、商売人は元気に商売をし、人と人間の繋がりがあるため、そこではものの売り買い、客と店という関係だけではない、人同士の繋がりがありました。もちろん客同士の交流も。

            ところがそこにある日、巨大ショッピングモールがやってきました。

            そのショッピングモールでは、長い商店街を歩かなくてもそこだけで何でも買い揃えることができました。人との面倒なやりとりも無く、機械的に、そして機能的に買い物を済ませることができ、それはそれは便利でした。そのため多くの人が商店街を離れ、ショッピングモールで買い物するようになりました。

            そして商店街の全ての店舗は閉店し、商売できなくなった人々は散り散りになりました。商店街を中心にできていた人と人をつなぐコミュニティが潰れました。

            しかしその後、そのショッピングモールは、その店舗の今後の売上の見込が想定していたよりも少なかったため、そこを見捨てて閉店しました。

            その街は廃街と化しました。


            全ての企業は社会的責任を掲げています。どの企業も社会の役に立つために経営されています。ところが最近よく耳にする「ソーシャルビジネス」という言葉は、なぜか流行していて、あちらこちらで聞かれます。
            前述したショッピングモールはソーシャルビジネスとは言っていませんが、ソーシャルビジネスも普通のビジネスも同じことだと思います。

            バングラデシュには今、いろんなビジネスがあります。そのうち、自らソーシャルビジネスだと言い放つビジネスがたくさんあります。何のために自らソーシャルビジネスだと言っているのか、僕はわからないのでよく考える必要がありそうです。

            18.親友からの報告

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              9月からの渡バに備えて、久しぶりにバングラデシュの親友モタリブに電話をしました。

              モタリブは僕よりも年齢が若いですが、バングラデシュにいるときは一時期は一緒に住むほど仲がよく、毎日ベンガル語で議論したり、遊んだり、それはそれはお世話になった親友です。

              しかし彼は母子家庭で育ち、バングラデシュでは女性の社会進出がまだまだ進んでいないことや、社会的差別を受けたり、社会福祉が充実していないため、日本の母子家庭よりも厳しい生活をする家庭が多いです。
              そのためモタリブも勉強はよくできるのに進学できず、小学校を出てすぐに働きはじめ、家計を支えてきました。しかしどんどん上がっていく家賃に苦しみ、時には食べるものが無く借金を繰り返しながら生計をたてる時もあり、その苦労から弱音を吐いたり涙するのを目にしてきたため、僕も彼に何か力になれないかと試行錯誤した時期もありました。

              しかし彼が直面する問題は単純な問題ではなく、解決の糸口が見つからないまま僕の任期を終えることになったため、せっかく日本で勉強してきた経験を活かそうとバングラデシュに行っている自分が、自分の最も大切な親友の人生すら救えないというもどかしさがずっとありました。もちろんお金を支援して学歴をつけさせることなどは日本人にとっては簡単ですが、それでは本当の意味で彼のためになるわけではないし、なにより親友としてお金を支援するような関係は友達ですら無いと思いました。

              そしてこの3月にバングラデシュに滞在中、彼の境遇やバングラデシュの社会システムのことなどを考えてたどり着いたのは、自分でビジネスを立ち上げてそれをどんどん大きくしていくのが一番良い方法だということで、二人でいろんなビジネスを見に行き、新しい可能性を考えていました。

              リキシャ引きや肉体労働なども良いけれど、彼の頭の良さと正直さを活かしたビジネスが何かないかと考え、その後僕の帰国後も自分の力で考え動き始め、先日久しぶりに電話したときにとても嬉しいお知らせを聞くことができました。

              彼はタバコのディーラーのようなビジネスを始め、今は軌道に乗ってきて、平均月収3600円ほどのバングラデシュで、今は7200円ほどを稼いでいるとのこと。まだまだ家計に余裕があるわけではないけれど、その稼ぎから先日母親にテレビをプレゼントできたと喜んでいて、今後もその稼ぎを少しずつためながらもっと大きくしていきたいと話していました。

              僕という人間が存在したことで、彼の人生に多少なりとも影響を与えることができ、それがきちんと形になったことをすごく嬉しく思う出来事でした。でも今後もこの関係はもっともっと面白い方向へと進んでいく気がしています。

              それについてはまた今度!

              17.バングラデシュ滞在記―エピソード1―震災被害について

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                JUGEMテーマ:関東・東北大地震〜被災者に応援メッセージを送ろう〜 

                2月27日からまたバングラデシュに行ってきました。 
                バタバタしていてなかなか報告できませんでしたが、少しずつ報告していきたいと思います。 

                今回の滞在での最も大きな出来事の一つに、東日本大震災のことがありました。 

                ちょうど田舎に行っている時に、知人の日本人から連絡をもらい、震災のことを知りました。 
                現地のテレビでは既にニュースで放送されていた様で、他の日本人はそこから情報を得ていました。僕も大きなショックを受け、また日本がどうなっているのか情報が得られず電話も繋がらなかったため心配しました。 

                結局、翌日バスで2時間程のところにある地方都市まで行き、そこで情報を得たり電話が繋がったりしてある程度の状況を把握することができました。その道中のバス車内でも、みんな僕が日本人だとわかると「日本は大丈夫か」「家族は無事か」「俺達に何か助けられることがあるなら何でも言ってくれ」という声をもらったり、日本の状況を彼らから聞くことができました。また現地の友人達もたくさん電話やメールをくれて心配してくれていました。 

                その後首都に戻ると、テレビニュースでも毎日ずっと日本の状況を報道していました。また新聞も毎日一面が日本の記事で、バングラデシュ人達も、まるで映画の悲劇が現実化したようだとショックを受けていました。 


                そんな日々が続き、僕が帰国する前日くらいにニュースで報道された内容が次の様なものでした。 

                去年、バングラデシュのシェイク・ハシナ首相が来日して菅さんと会談した時、パドマ川にかける長い橋のために4億ドル程の円借款をすることが決まりましたが、今回の震災の被害を受けた日本に対してハシナ首相は、「現在の日本の大打撃のことを考えるとバングラデシュのためにそれほどの大金をもらうことはできない」という話をしてきたのだそう。 

                それに対して日本からは「日本国はこの被害をまた復興させることができるし、滅んだりはしない。だから今後もバングラデシュを変わらず支援し続けます。」と発表したのだそう。細かい表現等はベンガル人の友達から聞いたことなので多少の違いがあるかもしれませんが。。。 

                そのことがバングラデシュでニュースで報道されたらしく、バングラデシュ人達は単純にそのことに感激し、大喜び! 

                もともと日本が大好きで、尊敬しながら最も仲の良い国として思ってくれている彼らが、今回の出来事でさらに日本フィーバーのようになっていて、最後空港に向かうタクシードライバーもそのことを熱く語り、感謝していました。 

                それを聞いてもちろん日本を誇らしく感じたし、すごく嬉しかった。アメリカやヨーロッパじゃなく、こんな風に日本のことが大好きな国は南アジアや中東にも沢山ある。そういう国ともっと親密な関係を築いてほしいし、日本人ももっとそんな国々を大事にしてほしいと心から思う。 


                ・・・でもその話の後、空港に着くと、タクシードライバーは運賃を多めにねだってきた。もちろん相場は知っているから「おじちゃん、僕はバングラデシュが大好きだからこうして何度も何度も来てるんだよ。なのに帰国する間際にそんなことされたらバングラデシュが好きじゃなくなっちゃうでしょ。僕がまたバングラデシュに来なくていいの?」と言うと、すんなり「わかった、それじゃOK」と相場の値段でOKしてくれた。すごく素直。 


                今回の震災の影響は日本国内だけでなく、文字通り世界中に色んな影響を与えている。 
                それは経済やこんなエピソードだけではない。もうひとつ、とても大きなことを世界中に伝えるきっかけになったと思う。 

                それは原発事故。もちろんあってはならない事故であり、ものすごく悲しく辛い事故である。 
                でも一つの側面として、世界中に大きなメッセージも与えている。 

                例えばバングラデシュでも電力不足がずっとあるため、原子力発電所の建設計画がちょうど決まり、これから進めていくことが決まっていた。 
                バングラデシュの建物や国民性を知っている僕達は、それがものすごく不安で大反対だったわけだが、こうして技術面では世界一の日本でもこんな風に成り得るのだということは、世界の原発の在り方を問うことにもなった。 

                きっとバングラデシュで原発が作られることは当面無いんじゃないかと思うし、世界中の国々でもきっとそうなると思う。 

                原子力発電所は事故が起これば不幸、事故が怒らなければ幸せ、という簡単なものではない。 
                事故が起こらなくても、そこで働く職員は被爆し続けなければいけないという見解もあるし、さらに、原発の近隣に住む人々が受ける差別は日常的にあるのだから、そういったことももちろん考慮されるべきである。もちろん利害関係等等が絡んでいて難しい問題ではあるけれど。 

                風評被害についてもすごく大きな問題になっていて、直接的に今、その問題に直面している人達はもちろん、日本国民全員がその被害を受け、今後の行く先、方向性を考えたり、努力しなければいけないわけだけれど、これも一つ、大きなチャンスになり得るかもしれない。 

                例えばグローバル経済がもたらした貧困問題やアンバランス、不平和、雇用の減少、経済至上主義のような諸問題を見直し、ローカライゼーションに着目して地場産業の復興や国内の輸出、輸入の関係を見直したり、国民の幸福について考え直す良いきっかけにもなると思うし、そこまでいなかなくても、国民みんなが自国・日本についてちゃんと考えていく良いきっかけにもなり得る。 節電一つとっても、これまで贅沢三昧し続けてきたことを改めて思い知るのに良いきっかけにもなる。


                このことについてはまた後ほど、別の記事で書きたいと思う。 

                少し流れからはずれたけれど、今回のバングラデシュ滞在では、人間の幸福について改めて色々感じ、考えた。それについてもまた今度。 

                またエピソード形式で追々報告していきたいと思います。よろしく! 


                P.S.バングラデシュはその他、救援物資の供給等もしてくれている。また先日、たくさんの在日バングラデシュ人たちが被災地でカレーを振るまい、多くの人達を笑顔にしたということがあり、彼らは「これまでお世話になってきた、育ててくれた日本に恩返しがしたかった」と語っていたが、同じ様にバングラデシュ国内にも何か力になりたい!と訴える人達もたくさんいた。 
                それでも悲しいかな、ビザも降りないし、国と国との経済格差がとても大きいので渡航費を払える人なんてほんの一握りで、現実的には無理だけど。。。 

                僕の友人で、
                東京に住んで某携帯電話通信企業で働いているバングラデシュ人も、多くの外国人が帰国していく中、彼は「いつもお世話になっている同僚や上司をほったらかして自分だけ国に帰るなんてできない。幸せな時だけ日本にいて美味しい想いをして、困った時に帰るなんてできない。みんなと一緒に乗り越える。」とつぶやいていた。 

                彼らみんなに感謝したい。

                16.芸術祭のカレンダー

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                  ストリートチルドレン芸術祭から先日、一通の封書が届いた。 
                  完成したカレンダーがついに届けられたのだ。 

                  家について上着を脱ぐよりもトイレに行くよりも先に、すぐに封筒を開けた。 



                  僕がバングラデシュのエクマットラで活動していた頃、青空教室で読み書き・計算を教えるのと共に、自立支援センターに暮らす子ども達を対象にコンピュータと絵画のクラスを受け持っていた。 

                  その絵画のクラスでは、それまでクレヨン等を使って短時間で勢いよく乱雑に決められた絵を描くことしかできなかった子ども達に、初めて絵の具の使い方や技法等を教え、時間をかけて自分にとってとても大事な作品、そして自分が表現したいことを自由に描いた作品を作ろうと奮闘したクラスだった。 

                  初めのうちはやる気も出なくてうんざりした子がいたり、僕が教える前にいつも通り乱雑な絵を描いて完成させてしまう子がいたり、集中力が続かなくてテレビを付けたりしてはしゃいでしまう子がいたりと結構苦労した。 

                  コンピュータの場合、集中力を続かせるための刺激を意図的に組み入れて授業を作るのがさほど難しいわけではなかったけれど、絵画は子ども達が飽きてしまったらそこからどうやってさらに良い作品にさせるかが大変だったように思う。 

                  うまくいかないこともあって、そんな大変な授業を終えて帰宅する帰り道で、ものすごく落ち込んで家で涙した日もあった。 

                  そんな試行錯誤の日々が続いて、やっと出来上がってきた作品は、僕たち大人も、そして子ども達自身もその出来栄えに驚くほどの作品となった。 

                  これまで学校で制限された描画方法に縛り付けられてきた彼らの描き方に、もう一度自由さを取り戻させて本当に良かったのだと確信した瞬間だった。 

                  そしてそれらの作品は、当初の約束通り、ストリートチルドレン芸術祭に応募することになったのだった。しかしそのつもりだった子ども達も、その絵に愛着を感じ始めていて、自分達の手元に置いておきたいという声も出始めた。それほど彼らがその作品を大事に思ったということだ。 


                  そんな思い出深い出来事から少したって、ストリートチルドレン芸術祭のメンバーの方々がバングラデシュにやってきた際、「なんと有名な画家が600点以上の作品の中からエクマットラの子どもの作品を選びました!」と教えられ、その時はその子と抱き合って喜んだ。 



                  けれど正直なところ、その周りにはあれほど素晴らしい作品を作った他の子達もいて、僕にとっては彼ら全員の作品がまさにグランプリだったのだ。 

                  中には将来の夢としてペインタ―を目指している子どももいて、そんな子ども達のことを何だか否定してしまっているような気持ちにもなった。特にその子の将来の夢がもしここで終わってしまったら、すごく悲しいことだな、と思った。 



                  そして帰国して数ヶ月、600点以上の作品の中から選出された12枚の絵が1枚ずつ掲載されるカレンダー。専攻者は毎年各方面からの著名人がしている。1月から順にめくっていくと、世界各国から色んな作品が選ばれていて、どれもすごく個性的で素敵な絵ばかりだった。 

                  一枚ずつ大事にページをめくって眺めていくと、ついに例の画家が選出して下さった絵が出てきた。 

                  雲の上には世界があって、その人たちが下界に雨を降らせている。たくさんの虹の下でスポーツをしたり遊んだりして暮らしている人々や自然がそこには広がっている、少し懐かしくて、でもしっかり覚えているその絵が。 

                  それを見てむちゃくちゃ感動した。たぶん自分の描いた作品が載ってもこんなに嬉しくないと思う。それくらい感動した。 

                  選考者の中島潔さん(画家)は「この一枚の絵に、夢・希望・祈り、そして宇宙がある」と評価して下さった。 

                  長い間その絵を何度も何度も眺めてはため息が出るほど素敵な絵だと改めて想った。そして残りの他の作品も見ようとページをめくった。 

                  そしたらなんとまた見覚えのある絵が出てきた!!そんなこと聞かされていなくてものすごくびっくりした。別の女の子が描いた絵が選出されていたのだ。星空の下、バングラデシュの田舎にある家家や自然や池。池には空に輝く星が写っていて、みんなが大好きな小舟が浮かんでいる。「しゅんすけお兄ちゃん、この道の色が気にくわないわ」「キャー失敗しちゃった、どうしよう」と言われてアドバイスしたこと、一緒になって色んなアイデアを出し合った思い出がよみがえってきた。さっきの感動にプラスしてさらに気持ちがいっぱいになった。その絵も何度もなんども隅々まで見た。 

                  そしてまたページを2つめくる。すると今度はあまりの感動と驚きで涙が出てきた。なんとあのペインタ―になることを夢みる少年の絵が掲載されていたのだ。バングラデシュの子ども達がよく描くバングラデシュの「ふるさと」の絵。けれど普通の田舎の絵ではなく、楽しさや平和、温かさ、のどかで幸せな気持ちが伝わってくる作品。見る人みんなを幸せな気持ちにする作品。 

                  みんなとの授業での色んなやりとりがまた頭に浮かんできて、この上無い感動に包みこまれた僕は、人生で二度目の感動しすぎて自然と涙が溢れてくるという感覚を味わった。 


                  多くの作品が世界中から集まっている中から、まさか自分の教え子たちの中から12作品中3作品も選んでもらえるとは夢にも思っていなくてすごく驚きだったけれど、僕にとっては当然の結果でもあって、それほどみんな全員が素晴らしい絵を描いたと胸を張って言い切れる。僕にとっても誇りとなる作品だった。 

                  でもこんな形で子ども達の絵を形にしてくれた芸術祭の皆様には本当に心の底から感謝の気持ちでいっぱいで、お礼を言っても言い切れない。今回のこれらの出来事は文字通り一生忘れることは無いと思う。 

                  テレビ番組のお知らせ

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                    NHK BSハイビジョンで昨年放送された、僕が活動していたエクマットラというバングラデシュのストリートチルドレン支援団体について取材されたMISSIONという番組が、1月10日にNHK総合で改めて編集されて放送されることになりました! 

                    この取材中は僕もお世話になっていて、取材スタッフの皆さんと飲んだことや、撮影秘話等色々と思いだして懐かしいな〜と感じています。興味のある方は是非ご覧いただくか録画予約を今すぐやっちゃいましょう♪ 

                    前回はBSということで残念ながら見れなかった人も今回はNHK総合なので見れますよ〜 


                    『ミッション 僕たちが世界を変える』NHK総合 
                    1月10日(月)成人の日 午前 10:05〜10:59

                    エクマットラの活動のスライドショー

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                      エクマットラのこれまでの活動と、今行っている活動についてまとめたスライドショーが完成されました。写真撮影とスライドショー編集は、エクマットラを設立当初から知っていて、ずっと写真を撮り続けて下さっている青木雄介さんの作品です。

                      すごくわかりやすくまとめられていて、素晴らしい仕上がりです!!是非皆さんもご覧下さい。




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                      プロフィール

                      水谷 俊亮
                      EKMATTRA,関西大学大学院
                      水谷俊亮(みずたにしゅんすけ)

                      関西大学大学院でのICT(情報通信技術)を利用した教育工学の研究室を休学しながら、南アジアのバングラデシュにあるストリートチルドレン支援団体エクマットラで青空教室やシェルターホームで子ども達への指導や、その他技術支援等を行っています。

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